4月4日(火)曇 雨
今日は僕等の始業式だ。
朝早く昇さんの家へつげると、洋ちゃんと益ちゃんが二人で立ってゐた。
今度五年生になったんだなと思った。
洋ちゃんの帽子が小さいので吉見屋、吉澤屋で聞いたがみな異ってゐた。
気の毒だったがおかしかった。
学校へ行って講堂へ集まった。
昨日の風邪をひいたのが元で気持ちが悪かった。
それできうご室へ行って寝てゐた。
かへってから石原のとっちゃんが野火をつけてゐるのでけしてやった。
トミもまねして裏へ火をつけてゐたので叱って置いた。
夜になってから金也さんが菓子を持ってきた。
学校帰りに、国史と修身と帳面を買って来た。
楡井明君は休んでゐたので、又五年生をすることになった。
藤田登君は転校。
4年までは分教場で、5年から町の本校に通うのです。
禁じられていたんですが、火遊びをする者が後を絶たず、春先は目が離せません。
4月5日(水) 雨 曇
増田先生が宇都宮へ転にんするので、講堂へ集まった。
新しい先生が二人きた。橋本先生とつぼ井先生が来られた。
橋本先生は若くて剣道の上手い熱血教師だった。
母子家庭に下宿したが、ここに母親泣かせの悪童がいたので、
見かねた先生が指導に当たり、時には殴って訓戒を加え、立ち直らせた。
戦後、この教え子が町長選挙に立つや、応援に駆けつけ、見事当選を果たした。
4月7日(金)晴 曇
学校へ行く時、淳三さんからにんにくを貰った。
山口自転車屋の人がチブスなので、にんにくを鼻へ当てて予防した。
ニドラキュラと間違えたのじゃないかと思うんですが、子供はこういうことが
大好きなんです。素直に従いました。
学校で柴山君が、混合の教室へふざけて首を出したので、
森田先生に叱られて立たせられた。
それで男子の組のはじだと言ふので、僕が行って許して貰った。
学校をかへってから石原のとっちゃん、ひろちゃん、かずやん、
ろくちゃんが、あまり無礼なのでとっちゃんをのこして
後は全部ひっぱたいた。だがよく考えてあやまった。
廻谷先生が女子しはん学校へ行かれる事になった。
それから田代先生も家へかへられた。
そのかはり先生が一日に来た先生と合わせて四人新しく来た。
明日『吉野山』かいしゃく考査
4月9日(日)晴
角力へ行く支度をしようと思ってゐると、淳三さんが自転車に乗って来て、
あまり急にまがったので、かきねの所へころんだ。
忠魂碑の所へ行くと、わきに「軍馬忠霊塔」「軍犬忠霊塔」「軍鳩忠霊塔」の
三つが立てゝあった。
角力が始まった。僕は胸がどきどきして来た。
始めのやつは夢中でとって投げとばした。
みんな負かして笹沼君とくんだ時、おしだしたがなげられた。
どちらかと思ってゐると僕の勝だった。
最後に本町に勝って葛城が優勝した。高等科は葛城は四番だった。
4月10日(月)晴
級長選挙で一学期の級長は山口君に山田君だった。
今年も級長の命令を守って行こうと思ふ。
満州へ行く青少年義勇軍になった佐竹のけんちゃんや三人行った。
新道まで見送った。 今まで休んでゐた山口君が来た。
満州開拓の青少年義勇軍も、軍人同様、出発を見送りました。
4月14日(金)晴
学校から帰る途中、連城橋の所で馬車が三台来たので、
らんかんへ乗って、ゆれるので楽だ楽だと遊んでゐると、
急に馬車が止まってがやがや騒いでゐるので行ってみると、
馬車引きの二十二三の眼がねをかけた人が、馬車とらんかんの間へ
はさまれてたふれてゐた。右の足首から血がこんこんとふき出てゐた。
近所の人は布を持って来てやったりした。日本人は親切だ。
「貧乏だからこんな物しかありませんが」と言ってきれをもって来た。
その人は泣いてゐた。弱いなあと思ったがむりもないと思った。
僕も足をもんでやった。
出血した足を揉んだら、よけいひどくなる気もするが、何とか役立ちたい一心です。
4月16日(日)晴
日曜なので大と二人で玉子焼を作って、自転車に乗ってお母さんの所へ
持って行った。墓場の畠にはゐないで、屋敷の側の畠をうなってゐた。
晩方、河原町の田崎の人が病気なので、おばあさんが見舞いに行った。
それでリヤカーへざぶとんやねまきを持って、むかへに行った。
僕は表を通り、おばあさんは裏を通ったので行きちがいになってしまった。
病気の人の家へつくと片庭先生が、もう帰ってしまったと言うので
引きかへしてやっと墓場の坂の手前で追いついた。後で五銭もらった。
4月19日(水)晴
今日からよか〈進学指導〉をはじめた。
身体検査で僕は身長百三十七糎、胸のまわり六十六糎、体重百三十.五キログラム。
よかの算術で一番さきに出来たので一番先にかへった。
兎屋で「主婦の友」五月号六十銭一冊を買った。
増淵清君は河合の学校へ転校した。
4月21日(金)曇 雨
朝、昇さんの所へつげて見た。行って見ると淳三さんは休みだと言ふ。
学校へ行くと今日、河を干すと言ふので大騒ぎである。
なまずがどうの、うなぎがどうしたと自慢話ばかりである。
今日のよかは伊藤先生で算術だった。
一番始めが森田先生、その次が関先生、伊藤先生の順だ。
雨が降ったので傘をかりる時、まごまごしていると板橋君が
帳面に名前をつけて、かりてくれた。
かへりに万年筆のペン先を買った。舌も一しょに四十五銭也。
共楽館でやる「天勝」の旗が立てゝあった。
4月22日(土)曇 雨
淳三さんの家へつげて見た。
充ちゃん、勇ちゃん、亀ちゃん、悦ちゃん等が集まって行った。
淳三さんは「今年の五年生には葛城からは優等は誰も取れない。
しっかりやってくれ」と言った。
おそくまでよかをやってゐたので家へ帰った頃はもう暗くなっていた。
和美さんが武ちゃんがまだかへらないと言って見つけに橋の方へ行った。
4月24日(月)晴 曇
今日始めて帽子をかぶって行った。
兵隊送りだったので皆がゐてからかはれた。
河合へ行った増淵君が二,三番の成績でゐると言ふことである。
今年転校して来た人は「藤田登君、瀧澤一君」
転校した人は「宮岡恒夫君、藤田登君、増淵清君」、
楡井明君は病気で二,三学期間休んだ為五年に残るのである。
4月25日(火)晴 曇
靖国神社りんじ大祭なので授業は休になった。
十時二十分頃にサイレンが鳴って一分間黙たうをした。
帰ってから菅絲と一口針を六銭買って来た。
釣って見たが一匹も釣れなかったので、堀を作って遊んだ。
馬の鼻取をした。