ハイフィンガー批判
譜読みの方法に関する考察
準備に関する考察
タッチとは何なのか?
ペダルに関する考察 
ハイフィンガー批判(第一回 2004・01・02)
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ハイフィンガーが批判され始めて、もう多くの時間が経ちました。そもそも、日本にピアノのメソードがはじめて入った時の一つの流派が、一人歩きをして日本で拡大してしまったわけです。
そこに、「流派」だとか「家元」だとかいう考えを持ち込むのは、明らかに間違っています。「いったいどのような弾き方をしたら、よりよく演奏できるか」ただその一点で考えられるべき問題です。もし仮に、自分の習ってきたり練習してきたやり方が、「よく弾けない」方法でしたら、今からでも改め、探求すべき問題です。でないといまだに、「地動説」を否定し、「天動説」をまじめに説いているようなことになってしまうと思います。
あくまで、ピアノ奏法は、「科学的」「理論的」「合理的」に考えられるべき問題であり、それ以外の考え方は、排除すべきだと思います。
さて、ハイフィンガーの弾きかたを横から図に示してみました。指の動きを横から見ると、この図1と図2の往復になります。ここで、物理的に2つの問題が浮かび上がってきます。

問題点1.鍵盤を押し下げる動きが、一部の筋肉の限られた動きに制限されている。

問題点2.図1をよくみると、指先がロックされているので、鍵盤を離す動きが硬くなってしまう。

問題点1は、打鍵時の問題です。
問題2は離鍵時の問題です。
一つのピアノの音は鍵盤上では、物理的に、打鍵する時と、指を鍵盤から離す(今これを離鍵という言葉を使います)によって決まります。この二つが音や音楽に、どのような影響を与えるのか、これから少しずつ考えてみたいと思います。
図1と図2の往復運動では、赤の部分しか動かされていません。この部分の動きは、人間の手の運動の中で、非常に鈍い動きです。ピアノを弾くためのコントロールされた動きには、ふさわしくありません。よって訓練してもある特定の速さの動きしかできません。
ここでちょっと実験をしてみればわかるのですが、図1図2の往復と、次に示す図3図4の往復と、どちらがスムーズであるか、また、机などをたたいて様々な大きさの音がでるか実験してみるといいと思います。

問題1にある、打鍵時のスムーズさや強さは、解決しています。
また、図4をみれば、指先はロックされておらず、離鍵時のコントロールも自由にききます。ゆっくりはなすことも、急激にはなすことも指の動きによってコントロールできます。
第ニ回2004・01・17)
手の大きさを有効に使う
よく日本人の手は小さいといわれます。全員でないにしろ、割と手の小さな人は多いと思います。そこで、私の手を写真にとって見ました。ハイフィンガーの構えの場合、明らかに手が小さく使われています。
そっくり返るほど指を伸ばすと図3から図4の動きは使えませんが、自然に開いた手ならば、この動きが使えて、しかも手が大きく使えます。
また右のポジションから複数の指をあげるのには、かなり無理があります。これは、ハイフィンガーがポリフォニーに適していないばかりか、和音の音のバランスをとることを困難にしていると思います。
ハイフィンガーの場合 指を伸ばした場合
さてここで、よくハイフィンガー批判と共にされている、「バイエル」「ツェルニー」「ハノン」批判にも言及する必要があると思います。
上の写真で手のポジションは、だいたい6度ぐらい開いています。この範囲の中、単音で速く動かすことを考えれば、ハノンの第1番や、ツェルニー30番の第1番、あるいは、バイエルの多くの曲にぴったりだということがわかります。
もし、この範囲の曲に長くとどまっている場合、ハイフィンガーの欠点に気がつかないことになります。ここで、次回は教材についても考えを進めてめてみたいと思います。
(第三回2004・02・07)
教材について考える
まず、ここで考えてみたいのは、「ハイフィンガーの利点、欠点」です。批判はされていますが、ハイフィンガーにも、それなりに使われてきた理由があると思います。
1.ポジションが固定しているので、手の広がりさえなければ、鍵盤の場所を間違えにくい。
2.動きが一箇所なので、音の大きさ、強さがそろえやすい。
つまり、とりあえず間違えずに弾ける。ある程度の音(ごつごつしているが)を出すには、手っ取り早い方法です。
ところがこの考え方では、このハイフィンガーのよくない点
1.音が硬くごつごつする
2.音色の変化に乏しい
に陥ってしまいます。

よくあるハイフィンガーの練習パターンでは、
1.すべてを同じ大きさ、硬さの音で弾く。
2.ある程度のテンポになった時に、表情をつける、(ところが表情はつかない)
3.仕上げ。

この1の時に音の大きさ、硬さをそろえてしまうことで、表情が固定してしまうのです。また、ハイフィンガーの動きには、細かいニュアンスのための動きが入り込む余地がありません。
ピアノは、鍵盤に与えられる「動き」によって、音が決まります。
1.鍵盤が打ち下ろされる時にスピード。
2.鍵盤を話すときのタイミングや速度。
この二つが重要な鍵であることは、議論の余地がないと思います。(ペダルに関しては後で考えます。)練習パターンで、「すべてを同じ大きさ、硬さの音で弾く」ときに、鍵盤が打ち下ろされる時にスピードと鍵盤を離すときのタイミングや速度が体の中にしみこんでしまいます。そこで、新しい練習方法や、教材の選び方は、また次回に考えてみます。
(第四回2004・03・24)
教材の選び方・練習の進め方
ハイフィンガーに陥らない為の教材の選び方、練習の進め方で考えなければならないのは、「様々な弾き方を習得する」ということだと思います。スケール一つとっても、ある特定のテンポで弾くのでなく、ゆっくりや、速く、表情も様々に、ただフォルテ、ピアノではなく、「やさしく」とか、「ささやくように」とか、「ゆったりと」などなど、様々な表情での練習がよいと思います。
また、エチュードは、なるべく一つのパターンに固執しない様々なパターンのものを練習するといいと思います。
指の動かし方を覚えるには、次の方法があります。ただ、これは、腕の力を抜き、手を硬くしないことが必要です。また、強い音では弾かないこと。強い音を、手の動きが覚えないうちに弾いてしまうと、よけいなところに力を入れて、無理なタッチをしてしまいます。
親指を鍵盤のヘリにつけて、2、3、4、5、の指を動かしてみる。この角度で打鍵ができれば、ハイフィンガーになることは、ありません。ゆっくり、ていねいに音を出す。あまり大きな音で最初から弾くと、力が入って逆効果です。
第五回2004・04・24まとめ
ピアノは、あらゆる音色表情が引き出せる優れた楽器です。ただ、それを引き出すには、かならず「合理的な方法」が存在するはずです。「うまくいかない」とき、「なぜなのか」ということを徹底して考え、勇気を持って今までの慣習にとらわれず実践し、新しい真理を見つけ、応用することだと思います。
ただ単に「生徒の練習不足」で片付けてはいけないと思います。今後は、「譜読みの方法」ということについて考えて述べていきたいと思います。
ハイフィンガーについては、この本が参考になります。

ただ、私としては「重力奏法」というネーミングに抵抗は感じるのですが・・・
ピアノ奏法を考えるうえでは必読だと思います。

譜読みの方法に関する考察

(第一回2004・05・21)
これから、「譜読みの方法」ということについて考えて述べていきたいと思います。というのも、譜読みに関して多くのレッスンの現場では、ただ「音の名前」があっているかどうかしか問題にされてないからです。
私は、「仕上がり」の悪い演奏は、譜読みに原因がある事が多いと考えています。そこで、譜読み以前に、「ピアノを弾く」という行為自体の分析からはじめていきたいと思います。

「ピアノを弾く」ということは、「楽譜の情報」を捕らえて、それを「理解」し、「動き」に変換してピアノという楽器に伝え、その動きが楽器によって音になるということです。譜読みで音を出す、という行為も、「動き」に変換されています。ピアノは、「ある特定の動き」に対し、「ある音」が相関関係で決まっています。
そこで気をつけなければいけないことは、「ド」の音を間違いなく弾くことも、「やさしい音」を出すことも、ピアノに伝える「動き」によって決定されています。
譜読みのとき「ド」を出せばいいのでなく「やさしいド」を出さなければいけないのです。なぜなら、譜読みの段階で、ただ「ド」を出せばいいのか、あるいは「やさしいド」を出すかは、動きとその音を聞く耳によって「学習」されてしまいます。同じように、譜読みの段階で、フレーズをどうするか、ハーモニーをどう感じるか考えるか考えないかで、耳と手(もちろんペダルも含めて)によって学習・記憶されていきます。いいかげんな「ド」の音は、手のいいかげんな動きを学習し、耳も鈍感になってしまいます。つまり「音楽の表情は後回し」と考えている間に、表情のない動きを手で学習・記憶し、耳が鈍くなってしまうのです。

(第二回2004・09・05)
それでは、譜面をはじめてみたとき、どのような手順でみていけばいいのかを考え直さなくてはなりません。
まず、その曲が何であるのか、どの作曲家のどのような様式の、テンポやリズム、調なども、ある程度考えておかなければなりません。速い曲と、ゆっくりな曲では、最初の譜読みでの弾かれ方も違ってきます。
調は、よく頭に入れておかなければいけません。でないと、一つの音、一つの音をぽつぽつと見て、横のつながりや、縦のハーモニーが聴こえないまま譜読みを行ってしまうからです。
これを防ぐには、曲を弾く前にゆっくりとひとつひとつの音を味わうように、その調のスケールやアルペジオを弾きます。もちろん転調したところで、それを行うことも効果的です。
速い曲をゆっくり弾く時は、できる限りてきぱきとした動きを意識して弾きます。なぜなら、ここでだらだらとしてしまうと、「タッチのスピード感」がなくなり、テンポを上げた演奏につながらないからです。
フレーズに気をつけることも重要です。ひとつひとつの音が読めたら、すぐにまとまりで引いてみることです。2小節ぐらいのまとまりでいいから、どのような音楽になるのか確かめながら進むべきです。

片手ずつ練習する時の注意
1.譜よみのの段階で最初から最後まで片手だけ、というのは、危険である。
2.左手だけ練習する時は、右手のことを、右手だけの練習の時は左手のことを考えよ。

特にバッハ・インベンションなどで、片手練習は、大切です。しかし、ただだらだらと延々と練習するのでなく、「左手の間にどのタイミングで右手が入り、それに左手がどのように答えているか」を学習しなければいけません。片手練習は少しずつ、例えば2小節ぐらいずつ右手、左手、あわせ、そして片手、というような練習がいいと思います。最初片手ずつ音を見て、あわせてみてよいかどうか確かめ、もう一度あわせるために片手の練習をする、というような方法がいいと思います。これで、片手練習に起きる左右のずれを防げると思います。

暗譜に関して

私はよく、暗譜していないうちに譜面をはずします。これには理由があります。
暗譜してないうちに弾き進めていくと、「次は、なんだったけな」と思います。ここで頭は音楽がここまでどのように進んできたかを考え、次の展開を考えます。ところが、譜面を見て弾いている時は、このような考えをもつことがありません。
この「次の展開を考える」ことが、「聴く」ことにもつながっています。譜面を見ていたとき漠然と弾いていたことで、自分の弾いた響きが、印象に残っていないことがよくあります。あえて譜面をはずし、次の展開を「考え」て「聴きながら」弾くことは、より深い楽曲の理解へとつながっていきます。
今弾いているところから、次に何が来るかを考えるのは、作曲家が作品の展開を考えていくこと、作曲の過程をなぞっていることになります。ここからも、本当の「暗譜」は「記憶力」ではなく「楽曲を考えること」だということを自身を持って言います。

(第三回2004・10・30)
教師のあり方=譜読みからレッスンしよう
僕は、最近特に譜読みをレッスンするようにしています。まだ弾いたことのない曲(あるいは一部分)で、最初に楽譜を読み進めて弾いていくときに、見落としたり聞き落としたりしてはいけないことを指摘しながら、生徒が「その曲の響き、リズム、展開」などを理解したのを確かめていきます。
あえて最初に両手で弾かせることも多いです。全体の響きや左右の音型の関係なども、知っておくべきことがあるからです。発想として[片手⇒両手]という順番でなく[両手⇒片手⇒両手]と考えることも多いです。これらは、その生徒の読譜力、理解力やテクニックに応じて進めていきます。
このレッスンの時一度に多く進んでも2〜4小節ぐらいづつ丹念にやっていきます。ゆっくりでいいから、音楽の流れや響きが見えてくるまでやります。でないと、大概の場合もう一度ある箇所に来て音符を読み直し、止ることになってしまいます。
具体的なやり方をいちいち書いて説明するのは難しいと思います。もし、ご希望でしたら、レッスンとして、あるいは公開講座としてすることができると思います。ご連絡いただければ幸いです。

準備に関する考察

(第一回2005・08・31)「予備」について
ここで扱うのは、「演奏会に向けた準備」ということでなく、実際の音を出す技術上、音楽上に準備について考察してみたいと思います。もちろん「演奏会に向けた準備」というテーマも、大切であり、扱っていかなければいけないと思いますが、今は、技術上の準備に絞って考えたいと思います。
指揮法を習うと必ず「予備」「予備運動」というものがでてきます。つまり、その曲の呼吸を合わせるために、その前の1拍(1拍とは限らないが)を振ります。その1拍は、必ずその曲にふさわしいテンポであり、それによって曲の流れに入っていかなければいけません。仮に4分音符60だとしても、指揮者はその曲の性格や、流れ、強弱などに応じて、違う振り方を何種類も持っています。
さてそこで質問です。ピアノを弾くとき「予備」を感じていますか。これは大きな問題です。ピアニストは、自分自身に対して、その曲にふさわしい「予備」を感じなければいけません。それも、その曲その曲にあわせた「予備」を持っていなければいけません。同じ4分音符60にしても、ワルツと、行進曲では予備のあり方が全く違ってきます。レッスンの中でこの「予備」のあり方を一つ一つ示していくのは、先生の役割の一つだと思います。

(第ニ回2005・10・31)打鍵の準備について
音を出す瞬間というのは、すでにピアノのハンマーが、弦にあたっているわけです。その弦へのあたりをどのようにするか、というのがピアノのタッチの課題の一つです。(もう一つ重要な課題に、いかに鍵盤から指を離すのか、という課題もあるのですが)
つまり、どのぐらいのスピードで、鍵盤を下げるのか、勢いをつけるのか、そっと触れるぐらいにするのか、ありとあらゆる接し方を用意できるかどうかがカギになります。
「ハイフィンガー批判」でも述べたのですが、「強い」 打鍵ではなく「自在な」打鍵が求められると思います。そのために、指の角度、打鍵の方向、腕のもっていき方、圧力のかけ方などを吟味する必要があると思います。多田一つの音だけでなく、連続する場合はどうするのか、など課題は多いです。
さて、具体的な打鍵準備の練習方法です。
メトロノームを使iいます。スケールなどの練習例です。
メトロノームはやや早めに設定します。そして1回打つときには、次の打鍵の準備をします。メトロノームがもう一回打つときに一音を出します。つまり一回目のメトロノームが打つときは1の状態、2回目のメトロノームがが打つときは2の状態です。
もし、メトロノームが120だったら60ごとに一音になります。このとき注意することは、1の状態は、指一本一本個別に準備するということです。また、準備の状態をよく指に覚えこませることです。

(第三回2005・12・30)拍子の準備について
指揮者は必ず曲を始める前に、予備拍を振ります。これは、その曲のテンポや動きを規定します。仮に四分音符=120であっても、その曲が何拍子であるか、弾む動きを持っているのか、静かに動くのか、めまぐるしくうキャラクターが変わるのか、などによって予備拍の振り方は変わってきます。
当然ピアニストにとってもその予備拍は必要だと考えています。
もちろん予備拍は、最初の音を出すための手の(腕や体も含めた)準備と考えるべきでしょう。
その曲その曲に応じた予備拍であるので、一概に述べることはできません。出だしがPP でもffの予備拍を持つことさえあります。たとえば、ベートーヴェン:ピアノソナタ第6番の出だしは、予備拍がフォルテで、音を出すところはスビト、ピアノという風にしてリズムに緊張感を出すことができました。
予備拍は、一瞬ですが、止めが入るのが普通です。とめによってエネルギーを蓄え、音を出すときに解放するという考え方です。よく間違えるのは、予備拍なしに、最初の音に突っ込んでしまうことです。たいていの場合これはペースがつかめずに、テンポが前のめりになってしまうことが多いようです。「止め」のタイミングと音を出す時の解放、この2点に注意を集中するといいと思います。

タッチとは何なのか?
(第一回2006・08・06)
ハイフィンガーを批判しておいて、代わりのものになるものを提示しないのは、無責任だと感じています。そこで、ピアノにおける「タッチ」とは何であるのか、考察を進めていくべきだと考えました。

まず、「タッチ」の意味ですが、これは、「トッカータ」と同じように、「触れる」ということは良く知られています。これはピアノを弾くときのヒントになると思います。つまり、「楽器との接点」=「タッチ」であるということです。「楽器に動きを与える」ことによって「楽器が音を出す」のですから、楽器に触れていることを忘れてはいけないと思います。つまりどのように触れるか、また、どのように触れたものを離すか、この2点を徹底的に研究すれば、解決すると思います。

さてそれでは実践
どこからの動きで触れるか。さてここで、ピアノから離れて、たとえば、
友達に気づいてもらうために触れることを考えましょう
1.指先でポンと肩に触れる
2.手首で少し強く触れる
3.手のひらで触れてしばらく抑える
4.腕からの力で思い切って肩に手を書け離さない
5.思い切ってドンと叩く・・・・・・etc...
いくらでも考えられます。これと同じように、ピアノの鍵盤への触れ方も、あらゆることが考えられます。
さて、ここで確認したいのは、鍵盤に触れるための、「関節の位置と数」です。

(第二回2007・01・02)
指には、3つ、そして手首、ひじ、肩そして背骨、腰と関節は続きます。。ここの1から5までのあらゆる段階の触れ方を、その音その音に応じて割り振っていくことが必要なのです。
特に、触れるだけのタッチでは、指先のわずかな関節の触れ方に神経を集中するべきです。私は、この感覚はタッチの基本と考えています。なぜなら、どんなに激しいタッチでも、最終的に指先を通して動きが鍵盤に伝わるからです。そう考えると、「タッチの割り振り」なるものは、かなり大切になってきます。
長い音、短い音、大きい音、小さい音やさしい音、厳しい音、柔らかい音、硬い音など譜面を見ただけでもさまざまに並んでいます。また、色彩もさまざまです。ここで、譜面から読み取ったことを、タッチに変えていくわけです。ですから、譜読みの段階から、「どのような音を出すか=どのような触れ方をするか=タッチ」は、選ばれなければいけないと考えます。
よく、譜読みの段階では、これらの音すべてをまったく同じ音で引き進める人がいますが、私は賛成できません。というのも、このような「全部の音を同じタッチ=長い音、短い音、大きい音、小さい音やさしい音、厳しい音、柔らかい音、硬い音もすべて同じ触れ方」をしている間に、耳も手も慣れてしまうわけです。譜読みの間、ニュアンスも強弱も、リズム感もめちゃくちゃなのですからただ「音名と音の順番だけが」合っている状態に、慣れきってしまうのです。
慣れきったころに、「表情やタッチだの音色だの」言ったって遅いのです。ただひとつの解決法は、「全部忘れてやり直す」だけです。
といっても、最初から完全なあらゆるタッチができるわけではないので、ゆっくりでいいから、譜面からその音に必要なタッチを作りながら納得していくことでしょう。つまり、耳で聞く音と指で触れるタッチとその動きと譜面の読み取りを切り離すことなく同時に進めていくべきだと思います。