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| 2012年5月11日 | |||||||
| vol.10 | |||||||
| 5月8日に49名が参加して予選会が行われました。熱き戦いが繰り広げられました。 |
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| 支配人 |
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| 成績表 | |||||||
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| 新しい乗用カートが稼働しました お客様の感想 |
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| スムーズで快適、心地よい乗り心地、荷物置が多くて 良い。音が静か。女性会員の笹尾、白戸、地葉さん談 |
非常に静かでスタートがスムーズ。スピード感を楽しめてとても良いです。 荷物をたくさん置けるのもうれしいです。女性会員の土田、杉山さん談 |
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| 乗り心地が良く幅が広くゆったりで安全だ。フロントの 窓が開くので夏は風が入り快適。会員の品川さん談 |
軽くて乗りやすい。これだとスコアが良く なり、今後期待できる。会員の中安さん談 |
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| 新しい乗用カートが納車になりました | |||||||
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| 6月14日(木)〜15日(金)開催の「秋田テレビ・南秋田CC・JGTOチャレンジT」 の打ち合わせ会議がゴルフ場で日本ゴルフツアー機構担当者とゴルフ場より 総支配人、支配人、副支配人、グリーンキーパー、キャディマスターとで13日 〜14日の2日間にわたり入念な打ち合わせが行われました。 |
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本年当ゴルフ場で開催される東北・秋田県ゴルフ連盟主催競技
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| 開場35周年記念行事 秋田わか杉国体記念碑除幕式 |
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| 2011年10月10日 |
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| 「生物多様性とゴルフ場の持つ自然保護力」標柱・看板 クラブハウスから1ホールへ向かう通路の左側の箇所です、是非ご覧ください |
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1992年に国連環境開発会議(地球サミット)で「生物多様性条約」が採択されま |
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| 南秋田 春夏秋冬 | |||||||
| 春 | |||||||
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| 夏 | |||||||
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| 秋 | |||||||
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| 冬 | |||||||
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| ☆バンカーレーキが理事・委員の皆様より 100本寄贈されました☆ |
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| 長年バンカーレーキの不足と劣化が指摘されていましたが、セルフプレーが増加 する中、マナーアップの必要性が重要となり、エチケット委員会の発案により理 事会で寄贈が決定し、平成22年6月よりグリーン周りのバンカーを中心に設置 致しました。マナーが乱れることなく、さらに気持ち良くプレー出来るゴルフ場にな れるよう、皆様のご協力をお願い致します。 |
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| 友人の MASA NISIJIMA さんよりメールが届きました。とても興味深いお話ですので、 ご本人了解のもと掲載させていただきました。 T 田村 和男 様へ From: MASA3GOLF@×××.com Sent: Monday, December 13, 2010 6:33 PM To: kazuo-23@×××.or.jp Subject: バンカーレイキの歴史についてTeam Masaメンバー各位&関係者の皆様 某名門クラブのかつてのオリジナル図面に 描かれていた巨大なバンカーから このコースが完成した戦前当時、日本にはバンカーレイキ (Bunker Rake )は存在していたのか?という疑問を 抱くと同時に、ではバンカーレイキの誕生はいつ頃だったのか? すべてのバンカーにレイキたるものが置いたのはいつからなのか? ゴルフ史家の皆様にもお尋ねしたところ、 意外にもこの事は知られていないようです。 ゴルフ史の盲点とでもいいましょうか。 1918年開設のPine Valleyが、今もバンカーは ペナルハザードとしてレイキを置かない主義を貫いていますが 米国Golf Magazineでの調べでは、1920年代にレイキは存在したが それはグリーンキーパーたち管理スタッフの為のものであって けしてバンカーにレイキを配置したという記録が見当たらないそうです。 戦前の古いコース写真を見てもレイキらしきものは見当たらず、 写真に登場してくるのは1950年代に入ってからになります。 私が調べたものでも、レイキはSt.Andrews Edenでの キーパーがバンカーを均している写真一枚だけです。 米国でもバンカーレイキの歴史は、Golf Club AtlasやGolf Course Sience など、専門家たちのウェブサイトの間でも、昨年話題になりました。 さてゴルフ史家、コレクターとしても第一人者の 藤岡三樹臣氏に調べて頂いたかぎりでは、 バンカーレイクの用語がR&Aのルール上に載るのは なんと2004年からだそうです。 しかし、1919年にはじめて、バンカーの整地義務が唱えられたそうです。 但し、それは絶対に行わなければならないという文面解釈にはなく それは打つ前の状態にできるかぎり戻すことが望ましいという内容です。 藤岡さんの話では、当時、プレーヤー達はクラブを使って均していたのだろう との事でした。 そこで、私はある人の事を思い出しました。 それは神奈川の旧藤沢CC(設計赤星兄弟、アドバイズ C.H.Alison ご記憶に新しいと思いますが、今年、私はチョイス誌で現存する クラブハウス通称"グリーンハウス"の記事、題して "名士たちの永遠のひとかけら"を掲載しました。) が開設した1932年、当時少年キャディだった鈴木さんでした。 現在は87才になられる方で、旧藤沢コースの18ホールのジオラマを 作成した方です。 私は鈴木さんにお電話で当時のメンバーたちが、バンカー処理を どのようにされていたのかお伺いしました。 そのお話しの内容を以下に纏めました。 「当時はバンカーレイキなるものはなく、メンバーの皆さんが 打った後に、足で均し、それがいい加減な時は、キャディが ご本人様のクラブを使って均しました。当時の藤沢は、斜面に沿って 深いバンカーがあり、赤星さんたちのように一打で出る人はまれだったのです。 当時メンバーたちは12本のクラブをバックに入れていました。 その中にサンドウェッジなんてものはありません。ですから皆さん9Iで バンカーを脱出していたのです。 ただ数名の方はダイナマイトという名称のクラブもお持ちで、その方たち のバッグの中には、アイアンは1I,2Iも含まれていたのです。 藤沢が閉鎖される1〜2年前に、バンカーの脇にレイキが置かれたそうで それは当時、戦争で男性キャディがいなくなった代わりに、 女性がそれを勤め、その話を彼女たちからお聞きしたことがあります。」 鈴木さんのご記憶が確かであるならば、藤沢の閉鎖は1943年ですから、 バンカーレイキは、日本では1941〜42年頃に登場したことになります。 更に、 私の「当時ゴルフコース造成に関わった地元の人夫たちは数百人は いたはず、彼等は開設後はゴルフ場で働くことはなかったのですか?」の質問に、 「それは私たち少年もそうでした。大人たちの手伝いにかり出され そしてキャディ教育を受けたのです。それ以外にも当時工事に関わった 人たちの多くがコース管理に雇われました。」 鈴木さんは電話ごしに夢中になって話して下さいました。 私は更に質問しました。 「鈴木さんが当時のメンバーのことで思い出されることは ありますか?」 鈴木さんは答えます。 「当時、私たちにとってみれば、メンバーは時代劇の 殿様みたいなものですよ。その中でも赤星兄弟のドライバーショット は、はっきり脳裏に焼き付いています。低い球筋で220〜240ヤードは 飛ばしていたと思います。それは他のメンバーの飛距離よりもはるか彼方 という感じがしました。とにかくお二人とも背が高く、6尺は超えて いました。誰よりも体格に恵まれ、そして私たちには"君も大人になったら ゴルフをするんだぞ"と言って下さる優しい殿様でした。 赤星家の方が来られる時は、キャディマスターも緊張されていました。」 電話で当時のことを回想してもらうのは あまりにもったいない。 私は明日鈴木さんとお会いする約束を致しました。 きっとまた面白い日本のゴルフ史話がきけるかと思います。 私は常々思うことがあります。Pine Valleyのように 日本の古い倶楽部にも、バンカーレイキなど置かないコンサバティブな 倶楽部があっても、いいのではないかと。 藤岡さんのお話にもありました。 「バンカーはハザードの一部であり、入れることがペナル。 砂面にソールして良いも悪いも、柔らかい砂面にソールすれば ルール上はライの改善となるのだから、今回の検索結果をもとに もう一度バンカーに対する基本的意識は改める必要はある。」 今回のバンカーレイキの話、チョイス誌で改めて紹介したいと 思います。 Best Regards MASA NISHIJIMA ********************************* U 田村さん From: MASA3GOLF@×××.com Sent: Saturday, December 18, 2010 3:58 PM To: kazuo-23@×××.or.jp Subject: MASA 藤岡さんが調べてくれたところでは バンカー脇にバンカーレイキが置かれるように なったのは、米国では1920年代のオークモントCCが 最初だろうとのことです。 当時のオークモントにはパターで出すバンカーがひとつあり そこはフラットに整地されていなければローカルルール上 宜しくないとの判断で、キーパーが使用しているものを ひとつ配置したそうです。 日本の当時のレイキは木の板をT字に組み合わせたもので 鉄などの金属は軍からの没収を恐れたのでしょう。 88才になられた鈴木さん(旧藤沢CC少年キャディ)から 愉しいお話しを沢山お聞きしました。 ひとつは当時のキャディはメンバーとは一切口がきけず メンバーから声をかけられた時のみ、話せたそうです。 つまり身分の差、貧富の差は凄かった。 日当は40〜50銭、時にメンバーからチップも頂いたそうで その額は、50銭から1円。 赤星家は一切チップはくれなかったようです。 その当時藤沢市の庭師の日当が1円〜2円だったそうです。 平日は鎌倉からなどから婦人ゴルファーが20名程度 来られていたそうで、週末は男性のみだったことから 彼女たちは後に隣接して女性だけの会員クラブ、 メリーゴルフ倶楽部を設立しました。 ひとつわかったことがありました。 日本はじめアジアでは何故女性キャディなのか。 戦前は日本も男性キャディだったのですが 戦況があやしくなるにつれ、男性は兵隊にとられる。 そこでなり手がなくなり、 女性がキャディを務めるようになったそうです。 アジアの国も皆同じ状況だったのでしょうね。 Best Regards MASA NISHIJIMA ********************************* |
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| 平成21年秋、球供養地蔵を建立 | |||||||
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| bP4ホール橋を渡った箇所の球供養地蔵 | |||||||
| 業務提携 |
心にのこる18ホール
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〒010-0122 秋田県秋田市金足吉田字浅田1-1
TEL 018-873-3824 / FAX 018-873-5940