第3章 共感はどのようにして生じるのか?
― 脳神経生理学的観点から ―
本章では,前章のように「心理臨床における共感」という観点からではなく,そもそも人が人に共感するとはどのようなことなのか,という基本的な問題から「人間における共感」という事象について,脳生理学的観点から共感のメカニズムを探って行きたいと思う。ただし,ここでは「心の座」がどこにあるのか?という根源的な問題については,説明の便宜を図る為あえて触れないこととしている。
1.共感のメカニズム
心理学においては,内的な体験を表わす感情や情動などの言葉は厳密に区別されてはいないが,感情は主に内的な体験についていわれ,情動とは感情のような内的体験が表情・身ぶり・会話などの形で行動として表出された場合をいう。そこで「共感」は,まず提示された周囲の状況に対して内的な体験(感情)を認知し,表情や会話などを通してコミュニケーションを図ろうとする(情動)ので,感情と情動という,二つの体験過程の総合的な事態であると思われる。しかしこれらの言葉にはもともと厳密な区別はないので,この章では共感を情動の一種とみなして説明して行きたいと思う。
@情動の認知的三側面
情動(共感)という体験を考えて行く上で,情動とは一体どのように成立するのだろうか,ということを,まず人における認知的な側面から確認したい。
最初にルドー(Ledoux)15)16)が,情動を次の三つの過程(1)感覚刺激(外界の事物や事象に関する情報)の受容(2)感覚刺激の価値評価(生物学的価値評価)と意味認知(3)価値評価と意味認知に基づく情動表出および情動の主観的体験,から説明したが,情動表出に至るまでの脳の機能過程を踏まえて更に解りやすく,情動が認知される順番に三つの側面で捉え直したものがある。17)
(1)「情動的評価」:感覚刺激(自分の周囲の物事や出来事)に対し,自分の経験や記憶(動物では本能)と照合して,快・不快の評価をし,快・不快の情動が発現する。
(2)「情動表出」:客観的に捉えられる身体反応であり,逃避,防御,逃走行動や顔の表情などのような〈情動行動〉と,それに伴う血圧,呼吸の変化や瞳孔反応,立毛反応などの〈情動性自律反応〉とがある。
(3)「情動の体験」:主観的に感情として体験される内的なものであり,喜怒哀楽の情から,緊張感とか安心感とかいった感情やさらにヒト独特と思われる嵩高な気持や使命感なども含まれる。
図3−1 情動の三つの側面(「脳と情動」堀哲郎による図を一部改変P‐4)
このように,「共感」という人に独特の高度な情動,心的活動を考える上でも,(1)で説明されているように,まず対象となる物事や出来事に対して自分の過去の経験や記憶と照合→評価→情動の発現,という「情動的評価」の過程を経ることが必須であるということがわかる。他者からの情報=感覚刺激に対して,例えば共感という情動ならば,その刺激と同じような情動が自動的に湧き起こるわけではなく,自身の過去体験の記憶との照合があってはじめて情動が生じることがわかる。次にこれらの要素について,脳の中の現象として脳の神経生理学的見地から説明してみたい。
A情動表出の脳内過程
情動と最も関係の深い中枢神経構造は大脳辺縁系(図3−2)である。18)大脳辺縁系は情動だけではなく,個体維持の為の食行動や性行動また原始的な認知や,学習,記憶および自律機能の統合などを司る部位とされている。大脳辺縁系は大脳辺縁葉(大脳半球内側面に広がる輪状の組織)を中心とする発生学的に古い神経系であり,海馬・脳弓回(帯状回と海馬傍回を合わせたもの)・扁桃体が含まれる。これらの構造はお互いに密接な線維連絡を持ち,一つの閉じられた系を構成している。系全体は,系の下位に位置する重要な構造である視床下部と様々な経路を介して結びつき,上位に位置する大脳新皮質とも強く結びついている。新皮質では特に前頭葉眼窩部および側頭葉との結合が密接である。
解剖学的に,扁桃体と海馬体には全ての感覚刺激の入力が収束する。19)海馬体は記憶が形成,蓄積される部位で,入力された感覚刺激に対し,海馬体で様々な過去の体験の記憶を参照し,扁桃体により感覚刺激への価値評価および意味認知である「情動的評価」が行われ情動が発現する。(図3−3)運動パターンとしてのはっきりとしたまとまりを持つ「情動表出(喜怒哀楽など)」は視床下部を含む構造(扁桃体・海馬・中膈核・帯状回など)が関与しているようで,動物と基本的構造は変わらない。しかし,情動の体験や,細かい表情などの複雑な情動表現は大脳皮質の働きに負っていて,大脳の働きがあってはじめて,共感などの人に固有の複雑で多様な情動が知覚され,経験され,表現されるのである。
図3‐2 大脳内面の辺縁系領域.
図3−3 扁桃体への感覚投射
B主観的体験としての共感
心の中で起こっている情動の主観的体験にはどのような神経回路が関係しているのだろうか?心の問題については,現在の脳科学ではまだ解明できないのが現状である。ルドー15)の仮説によれば,辺縁系と言語に関連した新皮質の領域との相互作用によるのであろうと推察している。情動の主観的体験は,ルドーの仮説によれば,扁桃体から左半球の言語領域への投射によってなされると考えられている。
情動という感情反応は,人間にとってコミュニケーションを図る上で不可欠な事象である。本来コミュニケーションとはおまけの能力ではなく,ほとんどの種にとっては生き残りの為の本能的な手段であった。体からホルモンを分泌し交尾が可能なことを知らせたり,ミツバチはダンスなどにより花粉のありかを仲間に伝える。個体間のコミュニケーションはますます発達し,人間においては身ぶり(手話なども)や言語,という高度に発達したコミュニケーションの方法を作り上げた。ということは,人間にとって情動の種類の一つである「共感」というコミュニケーション能力は生きる為に不可欠のものであり,本能的なものであるということにもなるのではないだろうか?
次項からは共感というものを,言語を介する前段階においても存在する,本能のように無意識的であり,自動的なものとして捉える意見を,N.Wolf等による最近の研究から神経生理学的知見によって紹介したいと思う。
2.ミラーニューロンとは何か?
― 共感する神経細胞? ―
●N.Wolf等の最近の研究から20)
「ミラーニューロン」とは,自分の動作と他人の動作(ジェスチャー)に「ミラー鏡」のように同じような反応をする神経細胞のことである。このニューロンは,イタリアの神経生理学者であるリゾラッティ(Rizzolatti)とそのグループによって発見され,彼等のサルを使った実験で,サルの複側運動前皮質の尾側(F5領域)に,サルが「意味のある複雑な動作」を観察している時にだけ活性化し,また他の運動ニューロンと同じようにサルが実際にそれと同じ動作を実行している時にも活性化するニューロンが見つかった。この介在ニューロンは,情動的な記憶を強めたり情動の評価を行うと考えられている大脳辺縁系の扁桃体で可塑的な性質を示す。リゾラッティとアービッブ(Arbib)(1998)20)は,こうしたニューロンには動作を表象する機能があり,従って最終的には「送信者と受信者の間を繋ぐ」役割を果たし,受信者にとっては動作の意味を「理解し」,この理解に基づいて,その時実行すべき適切な反応を形成するのだと考えた。リゾラッティとアービッブの観点からすると,このような動作の裏付けがあってはじめて原始的なコミュニケーションが始まる。PETを用いた研究では,このジェスチャーを認識するミラーシステムは人間にも存在し,ブローカの領域に有意な反応が見られることが明らかにされた。ミラーニューロンシステムが「表情によるコミュニケーションの表出や解釈,および言語的ジェスチャー(例えば手話など)の表現と理解に関与している」(Rizzolatti,1995)20)という見解を支持するものである。また,リゾラッティとアービッブ(1998)20)は「動作を認識するメカニズムは言語発達の基礎を担う」とも述べている。彼らの仮説では,運動前野のニューロンは知覚した動作が重要だと思った時には,これから行う動作に短い予期的な動き「動作の前置き」をつけ,これが実際の動作のシンボルとして使えるようになることで他者との共感能力に結びつき,更に何らかの方法によって他者の反応を左右するようになったという。こうした「前置き」は他者によって認知され,双方が「原始的な会話」を行うことになり,この会話がヒトのコミュニケーションの中核を形成する(RizzorattiとArbib,1998)20)。従って,ジェスチャーと言語的コミュニケーションとを究極的に繋ぐシステムはミラーニューロンである,ということになる。
つまり,ここで説明されているミラーニューロンとは,ヒトにおける高度なコミュニケーションの素地を提供する,というレベルで,他者に無意識的,自動的に共感する神経細胞である,ということになるのではないだろうか。そしてWolfの言う20)「共感」とは,「他者の意図を感知する」という,実に感覚的な意味においての共感と言えるのではないだろうか。
3.「共感」はいつから認知されるのか?
― 発達論的観点から ―
しかし,本来「人間らしい共感」とは,「鏡に反射させたかのように他者と同じように感じる」という,動物の本能のような,原始的,反射的なものではないことが,本章第一項の「共感のメカニズム」を参考にしても理解できるだろう。「共感」は複雑且つ高度な心的能力であるので,乳幼児期におけるその起源を定義するのは非常に難しいことを鑑み,そこで本項では,「人間らしい共感」ができる能力を,「心の理論」を持つこと,と解釈して,この能力の始まりについて,ミラーニューロンシステムと乳幼児の発達の関係から,引き続きWolfの論文で説明して行きたいと思う。
@「心の理論」
「心の理論」とは,アメリカの動物心理学者,プリマックとウッドラフ(D.Premack&G.Woodruff)21)がチンパンジーを使った研究で,霊長類動物が他の仲間の心を「推測」して,意図的に「誤った知識の伝達」を行い,「あざむき」行動をとるという事実に注目し,このような行動を「心の理論」という考え方で解釈し提唱したのである。彼らは,他者の行動に「心」を帰属させ,他者の目的・意図・知識・信念・思考・疑念・ふり・好みなどの内容が理解できるのであれば,その動物または人間は「心の理論」を持つ,と定義した。
Aミラーニューロンシステムと「心」の発達的段階
それでは,ヒトが他者の立場に立ってものごとを考えたり,理解したりすることができるようになるのはいつからなのだろうか?
Wolf20)は,ミラーニューロンシステムとスターン(Stern)(1985)20)の乳幼児発達論とを照らし合わせることで,このニューロンがヒトの心の発達に与える影響を説明している。1)2ヶ月齢における乳幼児 ― 脳の全域に渡り様々な感覚刺激に反応するニューロンが分布し,それは「いろいろな知覚の間のリンクの形成」に関わり,スターンはそれを乳児の「自我の芽ばえ」の中心だと考えた。この過程での感覚刺激に反応するニューロンの役割は,生涯の初期に始まる動機づけや選好性の問題と結びつくであろうと述べる。2)2ヶ月齢から6ヶ月齢 ― おそらくこの時期には運動前皮質のミラーニューロンが発達に強い影響を及ぼし,感覚−知覚系の組織化が進むにつれて,乳児にとって大切な人の顔に対する興味が増し,更に運動コントロール能力が発達して,顔の微妙なジェスチャーに対する特異的な反応様式を身に付け,社会的な能力が増大する。いろいろな感覚刺激に反応するニューロンが母子の相互関係を通じて刺激され,どんな感覚がどんな感情を呼び起こすかについて,生まれつきの選好(価値判断機構)とが,「感情的調和」の経験や調和能力に結びついて行く。3)7ヶ月齢から9ヶ月齢 ― ミラーニューロンの関与する神経生理的メカニズムが促進し,このシステムによってジェスチャー,姿勢,顔の表情の理解とそれに対する反応が瞬間的にできるようになり,スターンが述べた,他者を主観的な存在として認知する「主観的自我」の能力が発達する。これは,プリマックの「心の理論」と同じ能力でもある。何故なら,ミラーニューロンを通じて「観察者」は「動作者(他者)の意図」を察知することができるからである。非言語的コミュニケーションは更に発達し「注意の統合」が始まる。リゾラッティとアービッブ(1998)20)によれば,この時に「観察者はミラーニューロンシステムをコントロールして(自発的な)シグナルを作り,これが起こると「言語の母体」である,観察者と動作者の間の原始的な会話が始まる」という。この時期の乳児は指差しなどの,感情を伝えるシンボリックな前言語的コミュニケーションの手段としてのジェスチャーを,意図的に用いることの前触れである「ジェスチャーのシンボル化」が起こる。ミラーニューロンシステムを通じて,内的な感情状態とジェスチャーが自動的に合致してコミュニケートされている。これは乳幼児の共感的理解の発達に寄与している。
B乳児における共感能力の二つの定義
ここで,乳児期における主観的な自我と間主観的な他者認知(共感)の発達時期について,スターンとコフート(Kohut)20)による二つの意見があることを述べておく。スターン(1985)20)は共感について,「感情的調律」という過程をあげて説明している。これは「他者と共有している感情の質を表現する行動であり,自己の内的状態の正確な行動的表現ではない」という。「調律は主観的な状態の投射が自己と他者との間で反響しあったもの」で,このプロセスはシンボル形成に至る本質的なステップであり,「感情的調律」は,「感情的調和」を増強する注意の統合とジェスチャーのシンボル化に付け加えられるものである。調律は「無意識的」且つ「自動的」なものであるが,「共感は言語を介した認知過程を必要とする」と語る。スターンは,他者との感情的調和を共通の幹として,ここから感情的調律と共感という二つの枝が出て来ると考えた。これに対してコフートは,「共感は言語的で意識的レベルで到達し得るものでもあるが,また一方では非言語的で無意識のものでもある」と考えた。Wolf20)は,乳児における共感能力の発達については,コフートの意見の方が現在の神経生理学的知見では一致していると述べている。
共感と感情的調和の区別をつけるのは難しいが,感情的調和から潜在的な学習過程が生じ,他者の感情が持つ意味を自動的に理解できるようになる。いずれにしてもその生物学的基盤にはミラーニューロンシステムがある。
Cミラーニューロンから見た臨床的可能性
Wolf20)は,自閉症児へのミラーニューロンの操作による治療的可能性について語っている。自閉症とは,社会的理解と言語の障害であり,固執的行動と感覚過敏を伴うことがよく知られている。このような社会的理解の障害の中核は共感の欠如であるとされ,多くの場合,言語の実際的な使用の障害と不可分であるとされている。これまで自閉症の生物学的機構については,小脳,海馬,扁桃体の関与が注目されてきた。
PETによると,自閉症患者の右半球では,表情認知や衝動的行動,母子関係や感情の表出と認知に関係があり,運動前野と線維連絡がある帯状回前方の領域(Hollander等1998)20)の縮小が見られた。 とくに自閉症患者の運動協調能力と運動コントロール能力の障害については,小脳の関与が考えられている。これらは,ニューラルネットワークの障害か,もしくはミラーニューロンそれ自体の問題かによって,ミラーニューロンシステムが直接または間接的に自閉症と関連していると思われる。20)ミラーニューロンの障害により,顔面のジェスチャーの知覚過程に問題があると,表情から感情を読み取ることができなくなり,故に様々な社会的困難が生じると考えられる。このような障害の結果,注意の統合や,社会的参照が重篤な遅滞を受け,言語的なコミュニケーションの能力も遅れる。また,言語能力そのものが発達しても,ミラーニューロンシステムの不備により,言葉をシンボル化したり,シンボルを適切に使用する能力が障害を受けることになる。そして,運動の協調障害は,リゾラッティとアービッブ(1998)20)が運動前野と運動皮質の間で起こると述べた「運動の前置き」の欠損にも結びつく。運動前野とミラーニューロンの存在が動作や口唇のジェスチャーの意味,最終的には言語の根底に存在していると考えると,自閉症で障害されている脳領域として,運動前野がこれからの研究の候補となるだろう。20)
そこで,この仮説からミラーニューロンの臨床的な意義として考えられることは,ミラーニューロンの可塑性を利用し,統合的な注意が確立する前の発達初期の段階で,ジェスチャーと動作の意味を結びつけるようなジェスチャーレベルでの治療的介入をし,社会的相互交流の練習を続けることによって,ミラーニューロンシステムの発達が促され,本疾患の改善に結びつく可能性があるだろう。20)
またWolf20)は,自閉症への治療介入のみならず,共感的理解をツールとして使う臨床家についても,ミラーニューロンシステムの存在意義について考察している。
共感をコフートの考えたように「迅速かつ意識外のこと」であり,意識的な認知の繋がりが必要ないと考えるなら,共感的な理解をツールとして使う精神分析家にとっては治療の困難が低減される。対人関係の中で意識的に共感的になろうとする必要もなく,患者と治療者の間に同一の特定の経験が存在している必要もない。共感は流動的で常に存在している過程なのである。20)
まとめ
以上,本章で論上にあげたリゾラッティやWolfが語る「共感」とは,あくまでも神経生理学における神経回路のレベルから見た,自動的な,また非常に機械的な感じのするものであった。しかし,「人間らしい共感」とは,非常に高度な脳の認知過程を必要とすることも一項で述べた。またWolfにおいては,共感する為に患者と治療者の間に同一の特定の経験が存在している必要はないのだとも述べている。このことは,これからの心理臨床において,非常に重要な意味を持っていると思われる。
そこで次章では,本論のテーマである「心理臨床における共感」とは,一体どのような性質のものであるのか,またあるべきなのか,をWolfの意見を踏まえながら再考してみたいと思う。