細見谷渓畔林
西中国山地国定公園の西端近く、廿日市市吉和に奇跡的に原生的自然を残す細見谷渓畔林がある。渓畔林とは河川の上流域の河畔に発達する水辺林の一種で、サワグルミやトチ、オヒョウ、ミズナラ、ブナ、イヌブナ、コハウチワカエデ、ミズメといった落葉樹が優先する多様性に富んだ林である。細見谷川にそって幅100-200m、長さ5-7Kmに及ぶその規模は他に類を見ない。
細見谷川流域一体のブナ林から渓畔林に到る移行帯をふくむ地域は、西日本におけるかけがえのない生物ストック(植物だけでなく、両生類やは虫類、哺乳類などを含む)を有している希有な地域である。
そんな、細見谷に大規模林道と呼ばれる巨大公共事業による破壊の危機が訪れています。広島フィールドミュージアムではかけがえのない細見谷の自然を保全し、自然教育の場として破壊することなく利用していくための方途を探っています.
生物ストック:進化の産物としての現生種の在庫、遺伝的変異や生活上の地方特性を内包させている系統群というほどの意味です。地域個体群や生物相といった概念にその由来と構造を付加したものと理解して下さい。

細見谷スケッチ

細見谷渓畔林は実に様々な顔を持っている。ここで紹介するものは、そのほんの一部に過ぎない。写真は、トチの幹にできた虚で、ツキノワグマの冬眠用としても十分使える。その左手の株立ちした樹木はイヌブナである。
林床に生えているササは、チュウゴクザサ。

細見谷渓畔林の巨樹・古木はこちら
 かつて吉和村(現廿日市市吉和)のワサビは高品質で知られていたが、いつの日かその名産、ワサビも廃れ現在では、他町村から移入されて商品化されているという。
これも、かつての天然林(ブナ-イヌブナ林)の大規模伐採と関係があるのだろうか。
 とにかく、ワサビ栽培には豊で清冽な水が欠かせない。ブナ林の消失は伝統農業にも大きな負担を強いている可能性もあるのだ。

 このワサビ田は最近になって開かれた(復活)もの。
 細見谷川は広島市を貫流する太田川の源流域にあたる。十方山と恐羅漢山-五里山山稜に挟まれた広く緩やかな谷を流れ、広い氾濫原を発達させている。山の斜面からの伏流水が豊で、一年中水が絶えることはない。
 このような、規模の大きな渓畔林は、西日本ではもちろん、全国的に見ても重要なものである。
 

林道建設工事が行われた後の細見谷渓畔林はこんなに変わってしまう。
原則拡幅はしないといっても、結局,林道沿いの森は切り開かれてしまう可能性が高い。
つまり、この貴重な渓畔林は消滅することになる。
 この写真は現在の十方山林道である。砂利道で車1台通るのがやっとという道である。この林道のあちこちに水たまりができているのは、林道下を流れる伏流水がしみ出しているからである。そして道の脇には湿地が広がり、そこには、サンショウウオやヒキガエル、モリアオガエルなどの両生類や陸産貝類、希少植物などの生息地となっている。
 大規模林道計画が実施に移されるとこうした生物の貴重な生息地が消失する。
 この日は雨だったが、林道を流れる水は澄み切っていた。開発側はこの砂利道を流れる濁流が本流を汚染するという主張は事実に基づかないものである。
 渓畔林に特徴的な、サワグルミの群落。しばしば攪乱が起こる氾濫原には、成長の早いサワグルミの林ができる。その周囲の比較的安定したところにはトチが生育し、大木となる。
 
 渓畔林の中を歩いてみると、氾濫原より少し高くなった台地上の部分がある。そこをテラスと呼んでいるが、このテラスにはまた違った植生が見られる。カエデやシデ、ミズナラ、シナノキ、ミズメなどに混じって、ブナ、イヌブナが生育している。斜面上部から谷底に到る、植生の移り変わりは、エコトーン(移行帯)とよばれ、これも細見谷を特徴づける要素である。
 細見谷渓畔林はかつて、破壊された形跡があるものの、40-50年経ってかつての様子を取り戻しつつある。このストックを破壊することなく、保全することが重要な課題である。
 この写真には、スギの人工林(左下)、ツガ、アカマツなどの天然の針葉樹林(左上)と落葉樹林(右上)が写っている。ただし、落葉樹林はまだ幼令林で、完全に復活しているわけではない。
 針葉樹と落葉広葉樹が混交する自然林は野生哺乳類にとって、極めて重要な林である。
 ここには、ツキノワグマをはじめクロホオヒゲコウモリ、モモンガ、ヤマネといったケモノが暮らしている。


細見谷の生き物はここをクリック
 初夏のサワグルミ林。
 5月の初旬、サワグルミが一斉に芽吹きはじめ、林内は柔らかい緑色に包まれる。直射日光が差し込むこの時期が一年でもっとも、暑い時期かも知れない。
 細見谷には現在もイヌブナとブナの混交林が残存している。イヌブナが優先する標高700mから、ブナが優先する900mまでのおよそ6kmの間にその移り変わりを見て取ることができる。
 写真はイヌブナが優先する地域で、株立ちしたイヌブナの中に、ブナが点在している。
 広い氾濫原には、たくさんの支流があり、サケ科のゴギやアマゴ(ヒラメ)が産卵のために集合する。そうしたサケ科の魚は冬眠を控えたクマには重要な食物であったという。
 おそらく、現在でもその重要性には変わりがないのだろ.
 05年の秋、そんな証拠が支流のロクロ沢で見つかった(link をクリック)。細見谷は渓畔林が豊かな生物生産の場である証拠だ。


ツキノワグマの痕跡はここをクリック
 晩秋の細見谷。不作の秋には食べるものもなく、クマは早めに冬眠にはいって省エネにつとめなければならない?
 そんなとき、浅瀬にやってくる魚が多ければそれを食べるだろうと考えるのは当然である。魚資源の枯渇もクマを里へ押し出す大きな要因ではないだろうか。
 晩秋の渇水期でも、ここ細見谷の水は涸れることがない。
 現在ある十方山林道は砂利道の悪路である。それを理由に舗装化した大規模林道をという意見には一理ありそうだが賛成できない。写真の現場は地質学的に極めて危険ところで、ここを切り開けば大規模な土砂崩れの危険があるという。なそんな莫大な予算をつぎ込まなくとも、現在の道を丹念に補修しながら使う方が、危険も少なく、予算も少なくてすむ。
 細見谷は県下でも有数の積雪地帯で、12月-4月半ばまでは、車で入山することはできない。柔らかい冬に日射しを浴びながら、歩くスキーで入山し、ケモノたちの生活痕をたどるといった楽しみかたもある。