細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止および同渓畔林の保全措置を求める要望書(アフターケア委員長:豊原源太郎)提出等に関する経過報告
アフターケア委員・金井塚務・安渓遊地
2003年5月8日 廿日市への要望書提出

山下三郎市長に対し、要望書を提出。市長、市民経済部長他1名出席。提出者豊原源太郎アフターケア委員長、金井塚務アフターケア委員、原哲之地区会会員。要望書に対する市長のこの時のコメントは、以下のような推進に対する慎重な構えを見せるものであった。「細見谷の十方林道問題については旧吉和村議会で推進決議がなされており、行政の継続性という点からは、推進とうことにもなろうが、こうして新たに反対の動きがでてきた以上、そのまま推進というわけにはいかない。慎重に審議して議会とも相談したい。」

2003年5月12日 林野庁と環境省への要望書提出

環境省については、沖縄県西表島のリゾート関係要望書と共同で、出席者は以下の通り。金井塚務アフターケア委員、安渓遊地自然保護専門委員、鷲谷いづみ次期会長、他数名。林野庁では、過去の経緯から十分地元住民の意見も反映されていると理解しており、建設に向けて取り組むという既定方針に変更はないという回答であった。しかし、新たな知見が集積されつつあることを説明したことで、今後の合同調査の実施については困難であるが実施の可能性に関して含みのある言い方をしていた。とくに林道沿いの狭い範囲に限った調査からは、十分な影響評価はできないことを申しそえた。
一方、環境省の対応は、二つの要望書の合同であったこと、鷲谷いづみ氏の出席などにより、10名以上が出席するという異例のものであった。しかし、冒頭に「今日は勉強会のつもりでうかがいます」といわれた通り、法の壁に阻まれて省としてできることがほとんどないのが現状であるという認識に終始した感があった。

2003年5月16日 廿日市市幹部が現地視察

廿日市市幹部(助役、部長級)がそろって、細見谷渓畔林を視察。関太郎広島大学名誉教授(廿日市市教育委員長、地区会会員)が同行。この件については、後日廿日市市議会での一般質問で取り上げられることになる。

2003年5月28日 広島県と緑資源公団に対して要望書を提出

豊原源太郎アフターケア委員長、金井塚務アフターケア委員、原哲之地区会会員の3名が参加。午前9時30分から広島県。対応者、梅原努森林整備室長。要望書の性質を説明し、日本生態学会の総会で決議されたものであることを説明。続いて、細見谷渓畔林の特徴およびかけがえのないストックであることを説明したうえで計画の撤回ないし凍結を要望。午前11時から緑資源公団。建設のタイムスケジュールに関して、公団では「できれば16年度中に板根・二軒小屋間の工事を完成させ、その後引き続き16年度中に二軒小屋以西の工事に着手できれば」との回答。

2003年6月5日 大規模林道工事の地質学的な問題点の指摘

広島大学大学院の宮本隆実助教授が、崩落・地滑りを起こす可能性が高い地域であるため、大規模林道の建設は困難であるとの専門家としての見解を、報告にまとめて廿日市市長に提出した。

2003年6月8日 日本生態学会自然保護専門委員長の現地視察と記者会見

自然保護専門委員会委員長の増沢武弘氏と渓畔林研究会研究会代表の先於均氏が渓畔林を視察。金井塚務アフターケア委員が同行。視察後、広島駅近くで記者会見。記者会見には安渓貴子アフターケア委員、安渓遊地自然保護専門委員、原哲之地区委員も合流。

2003年6月25日 市長が推進を表明

廿日市市定例議会の一般質問に答えて、市長は大規模林道推進の立場を表明。緑資源公団には生態学会の要望書の内容を尊重し、自然保護に努めることを要望するとした上で、大規模林道工事計画を推進するとの答弁を示した。(生態学会の要望書の内容が「工事中止」であって、林道工事計画の推進とは相容れないことが理解されていないようである。)

2003年7月11日 市民団体からの公開質問状

廿日市市・自然を考える会ら市民グループ五団体は連名で、山下三郎廿日市市長と、植物学の権威で市教育委員長でもある関太郎氏にあてて、「吉和細見谷地区における大規模林道建設に関する要望書および公開質問状」を提出した。これに対する回答は回答者の了解を得てhttp://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/2693/に掲載されている。

2003年7月16日 林野庁への申し入れ

大規模林道問題全国ネットワークのメンバーに同行し、林野庁基盤整備課および治山課へ工事中止の要望(生態学会の要望に沿った内容)。対応者は関厚林野庁基盤整備課長および上河潔治山課長ほか数名。

2003年8月16日 シンポジウム「廿日市の宝 −細見谷」開催

廿日市市文化ホールにおいて地元NGO主催のシンポジウム「廿日市の宝 ―細見谷」が開催された。参加者約300名。このシンポジウムに講師あるいはパネラーとして参加した生態学会関係者は以下の通りである。豊原源太郎、中根周歩、河野昭一、金井塚務(以上細見谷要望書アフターケア委員)、安渓遊地(自然保護専門委員)。シンポジウムの席上、来日していたIUCN北東アジア担当副委員長であるHassan氏から渓畔林保全の重要性についてコメントをいただいた。その後、地元NGOを中心にして「細見谷渓畔林保全を求める署名」運動が展開された。

2003年8月17日 IUCN北東アジア担当副委員長の現地視察

河野昭一自然保護専門委員(アフターケア委員兼任)がHassan氏を案内して現地視察を行い、記者会見を行った。

2003年9月7日 国会議員の現地視察

中林よし子衆議院議員(当時、共産党)が十方山林道視察。金井塚委員が同行。

2003年9月29日 公共事業チェック議員の会とNGOが林野庁に申し入れ

公共事業チェック議員の会とNGOが林野庁に申し入れを行う。参加した生態学会関係者は、河野昭一自然保護専門委員、金井塚務アフターケア委員、原哲之地区会会員同行した国会議員は中村敦夫参議院議員、佐藤謙一郎衆議院議員(民主)、中林よし子衆議院議員(共産)であった。対応者。梶谷辰哉林野庁森林整備部長氏ほか数名。このたびは、公共事業チェック議員の会の力添えもあり、整備部長た対応者になった。この関で日本生態学会総会決議を経た細見谷要望書を部長に直接届けられたという点で有意義であった。それまで、林野庁は既定方針通り大規模林道を推進することを表明していたが、この時期を境に微妙にトーンが変わってきたという印象をもった。現在なお、計画の凍結ないし中止は明言してはいないが、様々な要望を全く無視して計画を強行するという姿勢はやや影を潜めた感がある。

2003年10月2日 広島市議会議員有志が現地視察

広島市議会議員有志が十方山林道(細見谷渓畔林)視察。金井塚委員が同行。広島市議団は太田川流域の住民代表として、この上流に位置する細見谷の自然を保全することが、地域住民の真の利益になるという認識に基づく視察で、この認識はまさに要望書にある流域管理モデルとして活用することを軌を一にするものであろう。

2003年11月6日 「渓畔林研究会シンポジウム」の開催

渓畔林研究会が主催して廿日市吉和、もみのき森林公園にて「渓畔林研究会シンポジウム」が開催される。河野昭一、金井塚務の両アフターケア委員が細見谷渓畔林に関する資料のプレゼンテーション(ポスター形式)を行う。翌7日(金)細見谷渓畔林へのエクスカーション。

2003年11月17日 陸産貝類野希少種発見

金井塚、安渓貴子両アフターケア委員、安渓遊地自然保護専門委員、植生とツキノワグマ等の現地調査。福田宏氏(岡山大学・地区会会員)ほか数名も細見谷渓畔林地域の陸産貝類の調査を行う。この日1日の調査だけで、環境省RDB、広島県RDB、記載種数種と新種の可能性のある詳細不明数種を確認し、ここが特筆すべき豊かな陸産貝類相を持つことが判明した(福田私信)。

2003年11月21日 細見谷保全ネットワークが広島県に要望書を提出

広島県に対して細身谷ネットワーク(NGOネット)が「吉和西工事区間に関する環境・地質調査の結果の検討に関する」要望書を提出。要望書の持参に金井塚アフターケア委員も同行。対応者は、小松光二郎広島県自然環境保全室室長。緑資源機構が行った環境影響評価に関する調査結果を、広島県としては着工を前提とすることなく白紙の立場で公正かつ客観的、慎重に検討することを求めた要望書を提出した。

2003年11月28日 緑資源公団の環境調査結果の公表延期

緑資源機構広島地方建設部より大規模林業圏開発林道(二軒小屋・吉和西工事区間)における環境調査の公表は、当分の間延期するとの連絡が入る。検討委員会の人選が難航していることと関連がある模様。

2003年12月5日 地元選出国会議員の現地視察

地元選出の松本大輔衆議院議員が十方山林道(細見谷渓畔林)視察。金井塚務アフターケア委員が同行。松本議員は同行記者の質問に「不要不急の公共事業であり、(大規模林道に)ニーズがあるとは思えない。失われようとする自然の価値の方が大きい」とコメント。

2003年12月25日 「細見谷渓畔林保全」を求める署名39032筆を提出

8月16日以降、地元NGOが推進してきた「細見谷渓畔林保全」を求める署名(39032筆)が公共事業チェック議員の会の斡旋で、林野庁、環境省に提出された。河野昭一、金井塚務両アフターケア委員が同行。署名簿提出は衆議院議員会館第3会議室において、林野庁(森林整備部長以下数名)と環境省(自然環境計画課課長補佐以下数名)の担当官に手渡された。その後、河野昭一、金井塚務両アフターケア委員がそれぞれの専門的な立場から、計画の不当性を説明し、計画中止の申し入れをした。林野庁、環境省が一堂に会しての会談は異例のことであるが、そのこと自体、ことの重大性と複雑さを示している。西日本に最後に残る貴重な生物ストックの重要性は国会議員も認識し始めており、今後も力強いパートナーシップとして連携をとっていかなければならないだろう。出席した議員は中村敦夫(参議院)、佐藤謙一郎(衆議院)、柳田稔(参議院)、林紀子(参議院)の各氏と議員秘書数名。なお、地元選出の松本大輔議員は急病のため政策秘書が代理出席。席上、梶谷森林整備部長は「どこかに妥協点があるはずだから、それを探りましょう」といった発言をしており、従来どおりの計画をそのまま推進することはできないという認識を示したことは特記すべきであろう。

  まとめ

 以上が2003年における十方山林道(大規模林道)を巡る動きの概要である。地元NGOと国会議員の協力などにより建設計画をめぐる状況はやや好転している面はたしかにあるが、しかし決して安心できる状況ではない。生態学会および中四国地区会としても様々なレベルで、状況変化に即して対応することが求められている。学術的な側面に限られるとはいっても、地元NGOとの協働も積極的に取り組む必要があろう。「事業の中止」というもっとも強い要望を総会で可決した以上、途中で腰砕けになってはいけない。現地でフィールドワークを実際に行う等のアクティブな生態学会会員を新たに加えるなどしてアフターケア体制を増強することが望まれる。(2004年1月17日記)