シカとご理解を

 宮島とシカ
宮島といえばシカというように宮島とシカは切っても切れない縁があります。現在宮島に生息しているシカは、宮島が6000年ほど前に島になる以前から住み着いていた野生動物なのです。
 宮島のシカjは神鹿といわれていますが、藤原氏のトーテムとしてあがめられていた奈良の春日大社の場合と違って、厳島神社とシカは教義に関わる信仰上の関係はないということです。
 ただ、一般的にはサルもシカも、神域と里を行き来するケモノですから、神の使いとして認識されていたことは間違いないでしょう。日本では古来からのアニミズムの対象として、生きとし生けるものを信仰の対象となっていました。そうした風潮が、宮島の住民にも受け継がれていることは間違いありません。
  江戸時代も後期になると厳島(宮島)も有名観光地としてしられるようになりましたが、そのころから俗に「神鹿」といわれ始めたのではないでしょうか。いわば、観光宣伝用のキャッチコピーというわけです当時の宮島では住民が残飯を「鹿桶」に入れて与えていた風習があり、鹿を大切にする美風といわれてきました。
  時代は変わって、昭和、第二次大戦後の混乱期には多くのシカが殺され、姿を消してしまいました。わずかに残ったシカを保護し、増殖につとめた結果、個体数は次第に回復したのです。その後日本は高度度経済成長を遂げ、宮島にも年間200万から300万人の観光客が訪れるようになりました。多くの観光客が餌を与えるようになると、野生生活を捨てて、町周辺に居着き、人間に頼る暮らしが当たり前になってきたのです
こうなると、大きな問題が起きてきました。シカの糞尿による公衆衛生上の問題、雄のシカによる人身事故、森の破壊なと環境問題が無視できなくなって来たのです。それ以上に、シカ自体にも大きな問題が降りかかって来たのです。江戸時代の美風も現在のような飽食の時代ではもはや美風ではすまされないようです。
シカの苦悩

 餌を目当てに野生の暮らしを捨てて町へ出てきたシカを待っていたのは、バラ色の暮らしではありませんでした。確かに観光客からはたくさんの餌をもらうことができます。しかしこの餌はシカ本来の食生活に見合ったものではありません。シカは元々、植物質のものをたくさん食べ、それを胃袋の中に取り込んだバクテリアや原虫といった微生物の力を借りてエネルギー源となる糖類や脂肪酸を摂取し、さらにはこうした微生物をタンパク源として、大きな体を維持している動物なのです
つまり、簡単にいえば、胃袋でバクテリアや原虫といったいわば肉の素を培養しているというわけです。しかもこうした微生物類は何を分解するかそれぞれ専門分化しているので、シカは多様な微生物をおなかに確保していなくてはいけないのです。
  ところが、人間に頼ってしまっているシカは餌と間違って大量のビニール類やプラスチック類を飲み込んでしまいます。その結果、大量のゴミの固まりが胃袋(第一胃)の中にたまってしまいまい、タンパク質を摂取することができなくなり、痩せて餓死するシカが出てきます。こうした現象は、1980年代にはすでに、見られています。 
町にいるシカをよく観察してください。毛のつやが無かったり腰の肉が落ちていたり、角が貧弱だったり健康に大きな問題を抱えているのが分かります。
  また、こうしたシカは町のすぐ近くで夜を過ごすため、食べられる植物はすべて食べ尽くし、森の再生にも大きな障害になっています。こうした問題を解決するには、
1.餌を与えない  2.ゴミを出さない ことを徹底し、シカを野生に帰すこと以外に方法はありません。宮島は弥山原始林に象徴されるように、豊かな自然が残っています。シカが野生に復帰することで、新たな魅力がうまれるはずです。
シカの胃袋
死亡したシカの胃袋にはビニール類でいっぱい
にふくらんでいる。
胃袋の内側。1-3胃は食道の一部が変化したもので、本当の胃袋(胃液を分泌しタンパク質を消化する)は第四胃である。このような胃袋を持つのはウシ科の特徴である。
 第2胃と第3胃をつなぐ部分には括約筋があって大きな食物片は通過できないし、第二胃から反芻することもできないので、異物は第一胃にたまってしまう。
胃袋を切開して摘出した異物。生重量で3sを超えていた。これでは栄養失調になるのも頷ける。
 これまで死亡したシカ、10頭以上の胃袋を調べてみたが、すべての個体に異物が含まれていた。
実物は大元公園無料休憩所に展示してあります。
シカの胃に詰まっていた異物を調べている(宮島野外博物館セミナー)。比較的異物が少ない若いオスの胃内容物だったので、こうした作業が可能だったが、上の写真のような状態では分解できない。



森が危ない

街周辺の森林ではシカが実生や幼樹を根こそぎ食べてしまうので、シカの食べないハスノハカズラ・レモンエゴマ・アオテンナンショウ・ダンドボロギク・ベニバナボロギク・アセビといった特定の植物しか残らない。
シカの食圧の高いところでは、矮小化した草本類(シバなど)がかろうじて残っているところもあるが、こうした状態が続いた後には、コケだけしか残らない。宮島には一見手入れされたコケの広場があるが、これらはシカが作り出した景観である。
森林の中でも、山火事や台風でできたパッチがシカの菜食場となり、再生が難しい。シカが人間の餌を頼りに定住する傾向が強まった結果である。、
街の至る所にシカの影響が見て取れる。写真の法面には、ヒメイタビ(クワ科)が生育しているが、シカの口が届くところは葉が極端に矮小化しているし、それ以外の植物は生育不能である。このようにシカは徹底して、植生を破壊し続けている。
ではどうすればいいの?
餌をやらなくてもシカは生きていけるの?
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