「これ……」
 それは少女の前に突然現れた。青白いのに不思議と暖かさのある光に包まれて、まるでずっとそこにいたかのように鎮座していた。瞳の奥に光を宿した、深い紫色の機体。 森の奥の奥の方の、鬱蒼と繁った木々に囲まれたこの場所で、1人の少女と1体のロボットが向かい合って立っている。
 これが全ての始まり。――ここから、少女とロボットの運命が動き出す。

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第1話:少女とロボット
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 舞台は宇宙歴7582年の、ヤコブ星という割と大きな星の1つ。人口は約35億人。ウエスト地区の西側に位置しており、”緑の星”と言われていている自然の多い星だ。かつて、こことはまた違う次元に存在していたと言われる地球という星に、文化が似ているという言い伝えがある。その起源は不明であり、文献も何も残ってはいない。親の代から子の代へと人々の口伝てに伝わってきた、真偽不明のお伽話のような話だ。
 気候や治安はほどほどに安定しており、先日行われた”全宇宙対抗『老後に移住したい星』ランキング”では2位を獲得したりもした。全部で32個もある星々の中でのこの2位という成績は、かなり誇れる事と言ってもいいだろう。発表があった日には、星を上げてちょっとしたお祭り騒ぎにまでなったほどだ。
 ちなみに、治安の良さというのは犯罪率の低さは勿論の事、”妖魔”にまだ攻められた事がないというところも重要なポイントとなっている。妖魔というのは人類が住まう星に対して無差別に侵略してくる謎の宇宙生物であり、宇宙の各地に点在している。大半の星々が、過去に一度はなんらかの形で妖魔からの攻撃を受けている中で、ヤコブ星のような星は非常に珍しい。そんな星は現在、ヤコブ星を含めて2、3個ぐらいしかないのではないだろうか。
 妖魔の研究は様々な星で行われているが、ヤコブ星が未だに襲われていない理由についてはまだ不明である。現時点ではただの偶然だという説が有力だ。つまり、妖魔の侵略には規則性はなく、どの星であってもいつ攻められてもおかしくない状況だと言える、という事になる。ところが当のヤコブ星政府はと言えば、少々危機感に欠けているようで、対妖魔に向けて今のところ何の対策も立てられてはいない。――立てられてはいないのだが、ヤコブ星ではそれでも問題はないと思われてきたのだ。
 それぐらい、平和な平和な”緑の星”。

 しかしそんなヤコブ星に今、星の誰も知らないところで初めて”ある脅威”が近付きつつあった。やがてヤコブ星の歴史的大騒動になる、その事件の中心人物となる少女アメも、この時はまだ何もかもを知らなかった。知らずにただ普通に――いや、本人にとってはそこそこ大変な感じで歩いていた。

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「…………」
 寒い地域特有な先の尖った木々の間を抜けると、ようやく少し開けた広場に出た。密に繁った葉のせいでずっと薄暗い道が続いていたので、突然入ってきたその光にアメは少しホッとする。でもまだだ。まだ安心は出来ない。何故ならまだ彼女が直面している問題の、本当の解決には至っていないから、だ。実は、アメはまだここがどこであるのか、自分がどこにいるのかをわかっていないのである。――早い話が、迷子になっているのだ。
「完……っ全に迷った……」
 人気のない広場に1人立ち尽くして、アメはため息と共にポツリと独り言を呟いた。方向音痴を自負する彼女としては、初めて来た場所で迷う事自体はよくあることだ。そこはいい。いやよくはないのだが、まあとりあえずいい。しかし、辺りに誰もいないのには流石のアメも困った。ここは田舎の上に住宅街からも外れたシュラーダ地区の……どこか。人っ子1人いなくても、なんら不思議ではない。不思議ではないけれども、だったら仕方がないかと諦めるわけにもいかない。ここまで完全な迷子になってしまっては、もう自力では解決出来ないだろう。どうにかして誰かを捕まえないといけない。
 しかし、そもそも周りを見回してみたところで、鬱蒼と繁った木々のせいで5メートル先でさえよくわからないのだ。通行人どころか、民家ですら見つける事が出来ない。方角なんて勿論わかるはずもないし、携帯電話もばっちり圏外だ。自分の状況を確認すればするほど、わかるのは絶望だという事ばかり。アメはいよいよ本当に困ったと、大きな溜め息を吐き出した。
「せめて、上から見る事が出来たらいいのに……」
 高い所から見るには木登りという選択肢もないではないけれど、生憎そういった運動神経は持ち合わせていない。それ以前に、アメは薄手のワンピースにバレエシューズという木登りには不向きな服装をしている。とどめと言わんばかりにドスドスと実現不可能な要素を上乗せされて、アメは短めの眉毛をふにゃりとハの字に曲げた。――いよいよ八方塞がりだ。
 ここシュラーダ地区は、田舎なだけに治安もよく、特に凶暴な動物も出ないと聞いている。なので、そういう意味では危なくはないし、このままここでひたすら誰かが通り掛かるのを待つのが良策だろうか。
「(いやいやいや……それじゃ今度は餓死か凍死だ。)」
 アメは慌てて首を振ると、万策尽きたと天を仰いでその場にへたりこんだ。
 もともとは叔母に届け物をしてすぐに帰るはずだった。駅に向かう途中で、ちょっと違う道を通ってみようと思ったのがそもそもの間違いだった。方向音痴とは不思議なもので、毎度迷子になる癖に毎度自分の行く道に間違いはないという絶対の自信がある。アメの場合もそうで、全く違う方向に進んでいるにも関わらず、迷うはずがないという絶対の自信があった。今はそう思った時の自分を張り倒したい気分だ。
「……ま。過去を振り返ってもしょうがないか」
 アメは悩むよりも休息を取ろうと判断して、すぐ傍の木の根元にどかっと座り込んだ。再び大きなため息をついて、両足をまっすぐに投げ出す。地面は短い草でびっしりと覆われているので、服はそんなに汚れないだろう。木登りは躊躇したのに地べたに座り込むのは大丈夫という、違いはよくわからないが、アメの中ではそこに何か微妙なボーダーがあるようだ。
「(う〜ん……どうしようかなあ……。)」
 ある意味根性が座っているのかただ図太いだけなのか。アメはそんな事を考えているうちに、いつの間にかその場で眠りについてしまった。

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 何時間くらい眠っていただろうか。気付けば辺りは夕焼けを通り越して、深い藍色が上から少しずつ降り始めていた。下半分の茜色と絶妙に混じり合って、アメが個人的に一番好きな空の色になっている。のんきにも彼女は、慌てるでもなくぼんやりとその空を仰ぐと、小さく感嘆の声を漏らした。もうすっかり遅い時間になりつつある事、この寒空の下で結構な時間居眠りをしてしまった事など、取り急ぎ考えないといけない事がそこそこあるというのに、本当にのんきなものだ。
「……あれ?なんだろう、あれ?」

 ――後にアメはこの時の事を、「何か予感がした」とか「偶然ではない必然」といったような都合のいい、格好の良い響きの言葉に置き換えて語る事になるのだが、くれぐれも誤解のないように再度強調しておきたい。それはただ彼女が図太かっただけなのだと。この時のアメは、ただ単にぼんやりとのんきに空が綺麗だと思っただけだったのだ。

 木々の隙間から遠くに見える空を見上げていると、ふいに遠くの方に見える不思議な光に気付いた。遠目にもかなり明るいとわかる光だ。あれは民家の明かりだろうか。それとも何かの施設だろうか。何かはわからないけれど、光があるという事はきっと人がいるはずだ。もはやどちらが街でどちらが森の奥なのかがわからない状態で、安易にそう判断するのは危険な賭けのような気もするけれど、せっかく見つけた光だ。アメは何もしないよりは賭けてみた方がいいと即座に判断した。勿論、そこには何の根拠もない。一見決断力も行動力もあるようで、ただただ無計画なだけだといういかにも彼女らしい展開だ。
 アメはすぐに立ち上がると、おしりについた細かい汚れを軽く叩いて落とし、光に向かって少し早足で歩きだした。その正体不明の光に対して、ほんの少しの怖さと9割以上の「助かった」という確信をもって。
 ここから光までの距離は見た感じでは判断出来ないが、かなりの明るさで見えているので迷う事はないだろう。それに、とにかく歩いていればいつかは辿り着くに違いない。アメは楽天的にそう考えると、鼻歌まで歌い出した。歩くリズムも先程の疲れた感じとは違って、かなり軽快だ。この辺り一帯は植物の丈が短いので、底の薄いバレエシューズでもそう歩きにくくはない。一歩進むごとに小さく聞こえる軽いカサカサという音が、アメの耳に心地良く響く。
 かなり早いテンポで歩いていると、暗かった景色がほんのり明るくなってきた。建物らしきものは一切見えてこないが、前方の光は少しずつ大きくなっている。青白い、けれどその色に反して少し暖かそうな光だ。
「……でも”アレ”、あの光。一体なんなんだろう」
 アメの頭の中はいつしか、民家を探す事よりも純粋に光の正体に対する興味に変わっていた。早く正体が
知りたい。その思いが、アメの歩くスピードをさらに速くさせていた。怖いよりも、惹かれる何かがその光にはあった。速く速く。華奢なバレエシューズが、素早く交互に踏み出されていく。それはもう無意識に。まるで糸にでも引っ張られているかのように。最後には走っているのに近いペースになりながら、とにかくまっすぐに突き進んだ。

「これ……」
 ――そして、ここで冒頭のシーンに戻る。突如目の前に現れた”それ”に対して、彼女はただ一言そう呟いた。
 実際にその目で見るのは初めてであるが、漫画やアニメや他の星なんかで見たり聞いたりしたものによく似た……大きな大きな物体。所謂これは”ロボット”というやつだ、と思う。高さは30メートルほどはあるだろうか。こんなに大きなものなのに、不思議な事に側に来るまでその姿は全く見えていなかった。ここに来て突然視界が開けて、パッと現れたような感じだ。それなのにアメは、何故か即座にその非現実的な現実を受け入れる事が出来た。何もかもが不思議なのに、間違いなくこのロボット――彼はここにいると。そしてまた、初めて見たというのに何故か全然怖くもなかった。
 全体的に紫がかった、兜のようなものをかぶった機体だ。四角いパーツを関節ごとに繋ぎ、足先に向けてやや広がっているという旧式タイプの形をしている。アメはその大きな足の先に手を伸ばすと、チョイと指先で触れてみた。冷たい鉄かと思ったけれど、ほのかに暖かい。まるでそこに血が流れているような暖かさだ。暖かい事がわかると、次にアメは手の平全体で足先を撫でてみた。
「1人?」
 聞こえているのかわからないが、彼女はロボットの顔部分を見上げて少し大きめの声で語りかけた。手の平を置いた足先にその声が反響して、ビリビリと振動が伝わってくる。じっと遥か上空にある目を見ていると、先程まで見えていたような青白い光が、ボウっという音と共にそのロボットの両方の瞳に宿った。
「うんって言ったのかな……」
 その一連の動作にアメは勝手な「通訳」をしてみて、なんだかちょっと嬉しくなって笑った。ずっと1人きりで道に迷っていたので寂しかったし、何より初めて会ったロボットが相槌を返してくれた事が嬉しかった。言葉はないけれど、何だか安心する。不思議なロボットだ。
 アメは笑いながら、彼の足のすぐ側にストンと座り込んだ。今まで気を張っていて気がつかなかったが、歩き過ぎで結構体が疲れているみたいだ。そのままくたりと足先にもたれる。暖かくて心地良い感触が、触れた頬を通して全身に行き渡るようだ。それになんだか、心音までこちらに伝わってくるような気もしてくる。その音に自分の呼吸を合わせるようにして、アメはゆっくりと両方の目を閉じた。
 ――そして、それから約5秒。なんとアメは、そのままそこで眠りに落ちてしまった。どうしてこの状況で。そして、さっき眠ったところだというのにまたすぐに眠くなるなんて――”疲れていたから”という言葉だけではフォローしきれないような気もするが、現実に眠ってしまったのだ。
 彼女の楽天家具合は前述の通りであるが、この状況で突然眠る事が出来るのはきっとそれだけじゃない。アメの言うところの”運命”的な何かがあるのだろう。……たぶん、おそらく。




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