堂森善光寺
山形県指定文化財の長井時広夫妻座像と、同じく見返り阿弥陀如来とがある
 前田慶次が住まいした地として碑がある。宝暦13年(1763)4月3日と明治26年5月23日の再度の火災により正確な記録はなくなっているが、寺伝によれば、建久3年(1192)長田将次の妹、益王姫の中興とさている。また、長井時広の創建とも、長井氏3代時秀の創建ともいわれている。益王姫は伊達晴宗の娘、益穂姫ともいう。

 善光寺三尊仏は、中尊総大41.5cm、脇仏31.5cm、地方仏で南北朝から室町頃のもの。長井時広夫妻座像は一木彫成で彩色がある。時広像は烏帽子姿で、両手定印、夫人像は垂髪でうちかけ姿、右手合掌、左手定印の像である。室町初期の作と推定され、冠服像は地方には珍しい代表作。風俗史的にも好資料。

 見返り阿弥陀如来は、檜材の寄木造り漆箔の立像。京都浄土宗永観堂に藤原期の見返り阿弥陀如来があり、京都の快慶派の仏師によりこれを模したものともいわれるが、横向きの仏像は県内はもとより、全国でも珍しい仏像である。高さ53cm、肩張13.5cm、容姿うるわしく、慈悲心を面に表わして、斜め下向きで左の救いの手をさしのばした姿は逸品である。

 如来堂の現伽藍は、江戸時代8代将軍吉宗のころ、延享2年(1745)の建造で、寛延3年(1750)に改造が加えられてある。

裏面に慶次の事績が刻まれている。
その他堂森善光寺には県重要文化財見返り阿弥陀如来・大江時広夫妻像などもまつられている。

前田慶次供養塔